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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)36号 判決

上告人

中央労働委員会

右代表者会長

石川吉右衞門

右指定代理人

川口實

村田勝

山口勝信

瀬野康夫

右参加人

民放労連山口放送労働組合

右代表者執行委員長

藤屋侃士

右参加人

清水留美

右参加人

民放労連中四国地方連合会

右代表者執行委員長

松尾武久

右三名訴訟代理人弁護士

田中敏夫

松井繁明

井貫武亮

被上告人

山口放送株式会社

右代表者代表取締役

野村幸祐

右訴訟代理人弁護士

渡邊修

吉澤貞男

山西克彦

冨田武夫

同訴訟復代理人弁護士

伊藤昌毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(行コ)第一八号、第一九号不当労働行為救済命令取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年一二月二一日言い渡した判決に対し、上告参加人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告参加人代理人田中敏夫、同松井繁明、同井貫武亮の上告理由及び上告代理人馬場啓之助、同石川吉右衞門、同村田勝、同吉住文雄、同袴田五三男の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦 裁判官 坂上壽夫)

参加人代理人の上告理由

原判決の認定判断には、理由不備、理由齟齬、採証法則違反、審理不尽、法令違背の違法があるので破棄を免れない。

以下具体的に述べる。

第一、不当労働行為についての誤り

一、原判決は、一方で被上告人会社(以下会社という)が、当時上告人組合(以下組合という)に対して良い感情を抱いておらず、社員が組合に加入したり、これに近づくことを心よく思っていなかったことが推認されると認定しながら他方で幾つかの理由をあげて上告人清水との間の黄犬契約の存在を否定し、又清水が労働組合運動に関与したり、第一組合に加入しようとする具体的状況は何ら認められなかったとして、結局会社が清水の組合加入を妨害するため、更には他の臨時雇や嘱託の者らの組合への加入を妨害するため、清水を離職させたとは認められないとする。

しかし、右認定には明らかな理由不備、理由齟齬、採証法則違反、審理不尽がある。原判決は、前段では不当労働行為意思の認定をしながら、(1)乃至(5)の理由(三二丁から三三丁)をあげて逆の結論を導いているが、次の一点を見ただけでその論旨が破綻していることがはっきりする。

すなわち、(3)の中で「もっとも、右証拠中には、同参加人は、昭和四七年三月頃、第一組合に加入したいとの意思を同組合の山田寛治に表明し、野村委員長もその意向を聞いていた旨の供述乃至供述記載があるが、右認定の組合の方針、同参加人の組合活動に対する関心の程度等に照らし、とうてい措信できない」という。しかし、何よりも清水が昭和四七年三月頃、組合加入の表明をしたことは歴然たる事実である。そして、昭和四七年一月に組合は臨時雇、嘱託から出向者、下請労働者まで加入資格を大きく広げた組合規約の改正を行ない(丙二〇号証)、積極的に臨時雇、嘱託労働者に組合加入を勧め始めていたのである(丙一号証)。

ただ、単独での組合加入は、会社の攻撃を受けるおそれがあるので、五人位をまとめて加入させようとしていたものである。当時、第一組合では、会社との力関係などを考慮し、臨時雇や嘱託の者を組合に加入するよう勧誘しない方針であったとの認定(三二丁の(1))は、全く事実を曲げている。原判決は、公然と勧誘すること以外に勧誘する方法はないものと一方的に決めつけている。組合は一生懸命、右方針に基づき勧誘していたが、それはできるだけ会社に知られないようやっていたものである。

ただ、清水の方はそういった組合の方針を知らないので、むしろ積極的に公然と清水和彦組合員ら組合の青年婦人部の人たちとキャンプ等を通じて交友を深めていったのである。その中で組合加入の表明もあったのである。

当時書記長をしていた藤屋証人が、清水和彦と清水が会社に目につく形で交際しているのを見て、会社に知れたらまずいんじゃないかと思った(原審同証言昭和五六年五月一四日九丁)というのも右のことを裏付けている。

臨時雇、嘱託組織化問題は当時の労使間の最大の対決点の一つであったのである。

組合は、二度に渡ってロックアウト(とりわけ昭和四二年五月のロックアウトについては、相当性を欠くロックアウトだとして、会社に賃金支払義務を命じた御庁の判決がある――昭和五五年四月一一日第二小法廷、昭和五一年(オ)第五四一号)や、職能給による組合員への差別攻撃等によって、三九名位にまで大きく組織を減らしたが、昭和四五年頃から反撃に移り、昭和四六年一二月には井上雪彦(丙一七号証)川鍋和喜(丙一八号証)、そして昭和四七年一月には岩谷裕充(丙一九号証)と、組合加入者が出て来たのである。特に右岩谷は、新労(第二組合)から第一組合に入るということで、会社に衝撃を与えた(同藤屋証言四五丁)。

それだけに昭和四七年一月の組織拡大をめざす組合規約の改正には、会社は並々ならぬ関心を抱いたのである。とりわけ、会社は女性労働者を男性と差別して、社員ではなく臨時雇か嘱託に留めて、それを労務政策の根幹にしていたので(女性を社員にしないのは会社の施策、木村証言甲三四号証)、女性労働者が組合に近づくことは最もタブーであった。

仕事以外の場で日常的に組合員と接触している清水の行動こそ、捨てておけば一挙に臨時雇、嘱託という不可侵の領域に食い込まれ、組織化が進むという意味で、会社にとっては絶対に放置しておくわけにはいかない出来事であった。

原判決も認定に使っている高下和子の証言(甲五一号証)を見ただけでも、当時組合員に近づいた者に対する異常な会社の反応は明らかである――組合員林洋佑が教えていたギター同好会やキャンプ、スキー等での話を見よ。そして組合が何如に熱心に臨時雇、嘱託の女性労働者の組織化に取り組んでいたかは清水の解雇という、労働者にとっては極めて厳しい見せしめの攻撃があったにも拘らず、それから日をそれ程おかない昭和四七年一二月以降、高下、村田、中谷、畠中、有吉と組合に加入させたことを見ても、疑問を差し挾む余地はない。時間をかけて粘り強く勧誘しなければ、当時の労使関係からして右の者らの組合加入はあり得ない。

規約改正に合わせて組合が臨時雇、嘱託者の組織化の行動を実践していったことは明白である。原判決の当時、第一組合では会社との力関係などを考慮し、臨時雇や嘱託の者を組合に加入するよう勧誘しない方針であり、事実、これらの者で右組合に加入した者はなく、また加入しようとする動きもなく、会社側もこのことはよく知っていたことという認定(三二丁の(1))は、丙二〇号証を始めとする当時の労使関係について充分な審理を尽さず、自らの誤った結論を押しつけるだけのもので、審理不尽の違法がある。

二、(1) 原判決は高下証言を不正確に理解し、組合加入の是非について会社側から何も言われなかったことを、ことさら重大視している(三二丁の(2))。しかし、同人がたまたま言われなかったのは、同人は他の人と違って、アルバイトから入って来たので、偶然会社の厚い壁をすり抜けたものである。高下が黄犬契約の存在している嘱託の人の名前を具体的に挙げなかったのは、名前を具体的に言えば会社の厳しい攻撃の前に名前の挙がった者は、解雇その他の攻撃を受けるおそれがあることを考えたからである。黄犬契約の存在は明らかである。臨時雇、嘱託の女性は黄犬契約だけでなく、会社と縁の深い、会社の言い分の通りやすい人を保証人とされ、会社に縛りつけられた(丙二九・三〇・三五号各証)。

(2) 又原判決は、清水は、入社後、労働組合に関心を示したり、その運動に積極的に関与したことは全くなく、第一組合から加入を勧誘されたり、加入の申し込みをしたこともなく、ただ仕事上で知り合った組合員の清水和彦らと個人的に親しく交際するようになり、同人に車で送り迎えをしてもらったりまた同人らとともにボーリング大会などの、レクリエーションに参加したことがあったに過ぎないという(三二丁の(3))。この点は前記のような証拠を無視したものである。

(3) さらに原判決は、昭和四七年六月一九日、四方総務部長が清水父子に対して、清水の交友関係について言及したことを、当時会社が第一組合に対して良い感情を抱いていないとの認定根拠にしておきながら、当日父親を呼んだのは、清水の個人的な振るまいについて、父親に強く注意を喚起するのが目的であったとしている(三三丁の(4))。

しかし、強く嫌悪している組合と接触している人間について、単に好意的に注意をするような会社ではない。そんなことが考えられるはずがないのである。会社は幾多の不当労働行為を犯し、そのことが何回も公の機関によって認定されているのである(丙号証)。

また、清水の勤怠の実態は、会社主張でも改善されていたのである。つまり、五―六月は遅刻、放送事故ともに減少していた(原判決も五月以降は遅刻は減ったという)。五月はじめ、看板番組である「歌のない歌謡曲」の担当となる。又、五月中旬に実施された昇給の結果は、清水日給一六〇〇円、その他の者一四五〇円で、清水が最高であつた。六月はじめ、井上放送部長も上申書提出を考えていた旨証言している(原判決も上申書の提出に踏み切ろうと考えていたが、という)。

六月一一日の放送事故は、事故記録の記載内容から清水の責任とは考えられない。六月一一日の事故が上申書見送りの理由となる程重大なものであれば、父親を呼ぶ前に慎重に事故の真相究明をなすべきだが、会社は何もしなかった。結局、四方総務部長がもっともらしく主張し、原判決が認定した父親呼出しの理由はなかったし、真実の理由は清水の組合接近しか考えられないのである。

(4) それだけではなく、四方総務部長において、筆記試験当日清水に対し、第一組合を中傷するような言葉を吐いたり、同部長や井上放送部長において、入社後、清水が第一組合員と交際していることを必ずしも快く思わず、廊下で会った際や放送事故等について父親を呼出した際に、ついでにその事を注意したことがあったことが窺われるとまで認定しながら、「清水が労働組合運動に関与したり、第一組合に加入しようとする具体的状況は何ら認められなかったのであるから、四方総務部長や井上放送部長において、ことさら右交際のみを問題にしなければならなかったとは考えられない」と結論づけている。これは論理としても前後矛盾を来たしているし、とりわけ、証拠に出ている清水の組合加入の意思と当時の労使間の事情を考えれば、あえて結論を先取りした認定と言わざるを得ず、採証法則違反、理由齟齬、審理不尽、ひいては法令違背の違法があると言わざるを得ない。

第二、原判決の解雇理由の認定について

原判決は、上告人らが昭和五七年八月一〇日付の準備書面で指摘した解雇(退職)理由についての問題指摘について何らの検討をすることもなく、一面的な認定をしている。

もともと、本件は、いわゆる除斥期間の問題と解雇理由の問題が争点であったが一審の東京地方裁判所は右の両方の問題について審理をしながら、判決では除斥期間の問題だけを検討し会社を勝たせた。その結果、原審での審理もその中心は除斥期間の問題におかれ、解雇理由をめぐっての証拠はあまり出されなかった。その意味では特殊な経過をたどったといえる。しかし、上告人側は念のため、一審も含めて、地労委・中労委・原審での証拠関係を丹念に洗った右準備書面を用意し陳述した。しかし原判決は、それに対する何らの精査をすることなく、自らの結論を押しつけている。

第三、解雇について

原判決は、清水に対する本件解雇を「離職」と言っているが、それは本件をよく見ていないものである。本件が解雇であることは次の証拠から間違いない。

(ア) 労働契約書(甲二の六、昭和四七年八月二〇日付)

「七、解雇予告」に、「この契約書は解雇予告に代るものであることを了承する」と明記しており、期間満了等で解雇することを示している。

(イ) 就業規則(丙二六)

第六七条 臨時雇とは、期間を定めて臨時に雇用する者をいい、所定の期間が満了したときは解雇する。

就業規則をつきつけられ、原審で四方証人も、しぶしぶ解雇であることを認めている(同証言一月一九日、二四~二五丁)。

(ウ) 調査調書(地労委、乙二〇、四四)

三頁「昭和四七年八月末をもって本人を解雇する方針であったが、一方的に解雇期日を決定せず……」

七頁「これ以上はのばせないので今回解雇せざるをえない……」

「なお、今回本人を解雇させることについての会社内部での協議会等は開かなかった。」

九頁「被告代理人広沢に解雇日は八月二五日である旨連絡した……」と、会社も地労委に本件が解雇であると説明している。

(エ) 第一準備書面(甲一一、二頁)

(一) (省略)

(二) 会社は、当日雇用関係の終了を明確にするため、原告に対し即時解雇の手続をとる旨告げ……。

(三) (省略)

(四) 以上の次第で原告は昭和四七年八月二五日即時解雇手続により雇用関係は終了し……。

このように、解雇だということになれば、次に懲戒解雇か普通解雇かということになる。放送事故なら懲戒事案だという会社の対応(井上証言等)をまつまでもなく、勤務成績不良による解雇は懲戒解雇事由になる可能性をもっている(就業規則六二条―丙二六号証)。

懲戒解雇ならば賞罰委員会の決議を経なければならないが(同就業規則五九条)、本件で右委員会を開催していないことははっきりしている(原審四方証言昭和五七年一月一九日二三丁)。

懲戒解雇で賞罰委員会をやっていないということになると、それ自体、その効力に問題が出て来て、ひいては判決の結論に影響を与えかねない。その点で原判決には少くとも審理不尽の違法があると言わざるを得ない。

以上

上告代理人の上告理由

原判決は、本件第一審判決が上告人委員会の発した救済命令(以上「本件救済命令」という。)を、不当労働行為救済命令申立ての除斥期間(労働組合法第二七条第二項)の徒過を理由に、本件救済命令の実体について判断を示すことなく取り消したのに対して、除斥期間の点に関しては適法な申立てであるとして第一審判断を斥けた上で、進んで、本件救済命令に対する実体判断に入り、被上告人会社(以下「会社」という。)が上告人参加人民放労連山口放送労働組合、(以下「組合」という。)の組合員清水留美(旧姓村谷、以下「村谷」という。)に対して同人の組合加入を危惧し、離職させたことを労働組合法第七条第一号及び同第三号に該当する不当労働行為であると判断して、会社に村谷の原職復帰等を命じた本件救済命令を違法として取り消し、結論において第一審判決を支持したものである。

原判決の右実体判断の理由とするところは、会社が村谷を離職させた決定的理由はアナウンサーとしての不適格によるものであって、同人の組合加入を妨害するため、あるいは他の臨時雇ないし嘱託の者らのこのような動きを妨害するためのみせしめによるものではないというのであるが、この点において、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

第一、原判決は、事実を認定するにあたり、自由心証主義(民事訴訟法一八五条)の要求する客観的合理的な裁量の範囲を超え、経験則に違背し、ひいて理由不備ないし理由齟齬(民事訴訟法三九五条六号)の違法がある。

一、そこで、まず、原判決にみられる経験則違背等の点を、以下具体的に摘示する。

(1) 入社の経緯について

原判決は、村谷が、入社に際して、会社と締結した契約関係について、昭和四七年二月一日から三月三一日までのものと、四月一日から五月二〇日までのものの二通の臨時雇の労働契約書が作成されたと認定しており(原判決一二丁)、同時に、原判決が引用している本件第一審判決理由中の二の1において、「同参加人(村谷)は、昭和四七年二月一日、原告との間で期間を同日から同年三月三一日までとする労働契約を締結して、原告会社のアナウンサーとして採用され、労働契約は、その後四回にわたって更新され、……」とあるうち、「三月三一日」を「五月二〇日」に、「四回」を「三回」にそれぞれ改めている(原判決二九丁)。

しかしながら、村谷が入社した昭和四七年二月一日に同時に右二通の労働契約書が作成されたとする点については、本件係争当事者いずれも主張、立証していないところであり、会社側も、二月一日には同日から三月三一日までの労働契約書のみを作成し、四月一日から五月二〇日までの労働契約書については、同契約書上表示のある締結月日(四月一日)に作成したものであることを示しているのである(原判決が本件第一審判決摘示の証拠に付加した甲第三五号証の一、二(原判決二九丁表)も、このことに関する会社側主張を裏付けている(例えば甲第三五号証の一、二丁から四丁))。結局、右二通の契約書を同時に作成したとする認定は、証拠に基づかない判断であって理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

(2) 放送事故と研修について

原判決は、会社が村谷に対して行った研修は、その期間、回数について他の新人アナウンサーの場合と比べて著しく少なくて研修の不足があったとはいえないにもかかわらず、村谷には放送事故が多く、その内容も誤読、誤報、曲目紹介ミス等不注意によるものであり、また通常、一週間ないし一〇日間でマスター出来る放送機器の操作ミスがある等同人のアナウンサーとしての適性に問題があると認定しているが、村谷が入社前に、新人アナウンサーとしての研修を受けないうちから、二時間の生放送番組のアシスタントとして起用されていること、さらには入社後の発音、アクセント等基礎的技能習得を目的とした狭義の研修についても、講師の都合や本人の右番組への出演の関係で十分に研修を受けられなかったこと、研修目的を達成し、ないしは放送機器の操作をマスターしているかどうかなど研修の効果の確認が不十分なまま、ローテーション勤務につけたり放送機器操作を行わせたこと等の事情もあって放送事故が多発したと推認されるにもかかわらず、それを村谷に帰責する如き認定をするのは経験則に照らし、不当といわざるを得ない。

(3) 入社後の勤務状況等と嘱託上申見送りについて

〈1〉 次に、原判決では、村谷が臨時雇で入社して、その最初の三カ月が経過した五月の時点で、所属長の嘱託への上申が得られなかったのは(原判決二六丁)、村谷には、遅刻が多いこと、、放送事故を起してローテーション入りが遅れるなどの問題があったからであるとしている。

しかしながら、原判決の認定からみても、村谷は入社当時から四月頃まで特に遅刻が多く、上司から厳しく注意されていたこと、遅刻が原因の放送事故(番組について他のアナウンサーが代わりをつとめるなど)を起したり、入社以来の持ち番組「モウリ・ミュージックプラザ」のアシスタントの交替要請がパートナーのアナウンサーから会社になされたことなどの事情があったにもかかわらず、同人は五月からは右番組のアシスタントのほか正規のローテーション勤務に組み入れられ、しかも、同月初めからは、退職するベテラン女性アナウンサーの後任として会社としても大事な番組「歌のない歌謡曲」の担当をさせられることになったのである。会社がこのような措置をとったのは、本人の勤務態度や放送事故が多いことに対する懸念にもかかわらず、新人である同人を入社前から二時間の生放送番組「モウリ・ミュージックプラザ」のアシスタントとして起用していたことからみてもわかるように、そのアナウンサーとしての能力をかっていたことによるものと見るほかない。したがって、原判決が、放送事故や遅刻等のあったことが嘱託への上申を得られなかった理由であるとしたのは、経験則に違背した認定であるといわざるを得ない。

〈2〉 次ぎに原判決は六月においては、村谷の遅刻が減少し、放送事故も少なく、上司も嘱託の上申書の提出を考えていたところ、結局、嘱託上申をしなかったのは、六月一日に「歌のない歌謡曲」の録音が消えているという放送事故が起きたためであるとしているが、右事故の原因については究明されていないにもかかわらず、原判決は、その責任が当然村谷にあるかの如く断定した認定をしている。また、村谷の勤務状況について、五月以降次第に遅刻は減ったが出勤時刻ぎりぎりの出社が目立つようになったとして、ギリギリの出社を問題としているが、所定の出勤時刻では放送開始の準備の時間が十分でないというのであれば、その時間を見込んだ余裕のある出勤時刻を設定するのは会社の責任である。結局右六月一一日の放送事故やギリギリ出社の問題は、村谷の上申を拒否する理由には当たらないところであり、原判決の判断には、理由不備の違法がある。

〈3〉 さらに、七月における村谷の嘱託上申についても上司がそれを断り、さらに一カ月の臨時雇として様子をみることになった理由は、上司が海外旅行に出発する時指示した「歌のない歌謡曲」の録音の練習を全くしなかったこと、コマーシャルの誤読についての営業部からの善処方申入れがあったこと、遅刻など勤務態度がよくなかったことであったとしているが、遅刻等の点については〈2〉において述べたとおりであり、他の上申拒否理由についても、そのような事実があるにもかかわらず会社は七月一五日以後、村谷を完全にローテーション入りさせ、五月時点では同人の放送事故を考慮して担当からはずしていたニュースも担当させることにしたのであるから、それらが真の上申拒否理由であったとは、経験則上到底認定することはできないところである。

〈4〉 そして最終的には、八月一六日頃、七月後半から八月にかけての村谷の放送事故の急増や営業部からの苦情が増えたので、これ以上村谷を使えないとの直属上司の判断から、会社として、村谷に対する退職勧告を決定したものであるとしているが、八月一六日以降も、それ以前と全く変わらず村谷にその持ち番組を担当させ、ローテーション勤務に就かせていたのであるし、また当時、村谷は七月時点で嘱託の上申を受けられず、さらに期間一カ月の臨時雇の労働契約関係にあったのであって、八月二〇日がその期間満了となっていたのであるから、八月一六日頃に右退職勧告の決定をしたのであれば、同人に右契約を更新しない旨の通知等をなすべきところ、八月二〇日までの間に会社からはかかる退職に向けての意思表示は一切なく、右期間満了後も従前どおりアナウンサーとして勤務させていたのである。かかる情況からすれば、八月一六日頃に、会社が、これ以上使えないとの判断から村谷の退職勧告を決定していたとするのは、明らかに経験則に違背した認定である。

二、次いで、一において摘示した誤った認定事実が、どのように原判決に影響を及ぼしているかを明らかにする。

(1) 原判決は、前記一の(1)入社の経緯についてで摘示した認定を前提として、昭和四七年五月二一日以降の村谷、会社間の臨時雇の労働契約が三回にわたり更新され、最終的には、期間を八月二一日から二五日までとする労働契約の期間満了によって、右当事者間の雇用関係は終了=合意解約したとの誤った判断に至っているのであって、これは、村谷が一貫して退職願いの提出を拒否し、会社側から一方的に解雇されたことが本件不当労働行為事件の基礎にあることを否定する伏線をなしており、この点で、原判決の理由齟齬を生ぜしめるものである。

(2) 原判決は、前記一の(2)放送事故と研修について及び同(3)入社後の勤務状況等と嘱託上申見送りについてで摘示した認定を前提として、村谷は、当初、三カ月間の試用のための臨時雇として採用されたが、右期間経過後三回にわたり、放送事故や勤労態度不良を理由に直属上司による嘱託への上申を受けられず、臨時雇のまま契約を更新し、最終的にはアナウンサーとして不適格であるとの理由で退職させられた、と判断したものである。

しかし、前記一の(3)に述べたとおり、原判決が、三回にわたり上司が村谷の嘱託上申をとりやめた理由であるとした放送事故や遅刻等の勤務態度については、それらを上申とりやめの真の理由であると認定することは経験則上からいって否定せざるを得ないところである。会社は、村谷について始めの三カ月間は試用のための臨時雇であるとし、その後は期間六カ月の嘱託契約とすると説明して入社させておきながら、右三カ月を経過した五月の時点で、担当番組を付与するとともに正式のローテーション勤務に組み入れ、七月の嘱託上申時点では完全なローテーション勤務につかせるといった具合に、放送事故が多い、勤務態度が不良であるといいながら、明らかに試用を超えて他のベテラン女性アナウンサーと同等に仕事を行わせていたものであり、この点についての認定、判断の誤りは、会社が村谷を嘱託にしなかったことは会社主張の理由によるものではなく、別の理由、つまり不当労働行為に該当する事実があったことを不当に否定する結果に導くものであって判決に影響を及ぼすものである。

すなわち、村谷の場合は、会社の都合で大学卒業前から入社させられ、入社前の時点で、新人アナウンサーとしての研修を全然受けないうちから生放送番組のアシスタントに起用される等、他の女性アナウンサーでは行われたことのない異例の取扱いを受けて入社した経緯からみて、当時、会社は同人のアナウンサーとしての能力を相当程度認めていたことは明らかであること、また、過去において女性アナウンサーで三カ月の臨時雇期間の経過後、嘱託とされなかった者は皆無であったことを併せ考えれば、同人を嘱託にしない理由は別にあるとの上告人委員会の上記判断は肯認されるべきところであろう。

そして原判決は、最終的には、村谷は、嘱託になることはなくアナウンサーとして不適格であるとの理由で退職させられたものとしているが、上記一の(2)の〈4〉に述べたように、村谷を不適格とする事情が認められないのみならず、退職勧告の決定の事実も疑わしい上に過去において、女性アナウンサーで不適格であるとされた者については配置転換をし、不適格であるとの理由で解雇された者のいない会社において、いくら本人のアナウンサー志望の意思の強いことが窺われたからといって、一度も他職種への配転の打診を行わなかったり、ローテーション勤務や担当番組からはずして、研修を受け直させる等の措置を一切とらずに村谷を即退職させたことは、何がなんでも村谷を企業外に排除しようとする強い意図があってとられた措置と見られるのであり、単にアナウンサーとしての適格性がないことをもって、村谷を退職させた理由であるとして、会社の不当労働行為意図の存在を否定することとした原判決には、重大な理由齟齬の違法があるといわざるを得ない。

第二、原判決には、会社が村谷を退職させたことが、労働組合法第七条第三号の不当労働行為にあたることについての審理不尽による理由不備がある。

すなわち、原判決の認定によっても、村谷の入社当時、組合と激しい対立関係にあった会社は、社員が組合に加入したり、これに近づくことを心よく思っていなかった(三〇丁裏から三一丁表)のであり、しかも、組合が臨時雇や嘱託の者を勧誘しない方針をもち、事実、これらの者で組合に加入した者もなく、また加入する動きもないことを会社側もよく知っており(三二丁表)ながら、なおかつ臨時雇の村谷が組合員と交際していることについて総務部長らが日常廊下で会った際や親を呼び出した際にその前で注意するといった対応をとっていることが認められるのである(三四丁表)が、このことから、会社は、臨時雇や嘱託の者を含む社員が組合員と交際すること自体を妨害して、非組合員が組合へ加入するのを未然に防ごうとしたものであることは明らかである。

ところで、かかる、会社幹部が非組合員に組合員との交際を注意し、これを妨害することは、上述の本件の労使事情の下では、それ自体、組合に対する支配介入の不当労働行為と判断されるべきところであり、会社は、村谷が個人的な関係であれ、組合員と公然と交際していることをもって、同人が組合に加入しようとしているのではないかとの認識をもち、そのような認識に基づいて同人が組合へ加入することを未然に防ごうとする意図をもっていたことは、上記原判決の認定する事実からも推認されるところであるから、村谷が組合員と交際していることをもって、同人を退職させた会社の行為は、労働組合法第七条第三号の不当労働行為に該当することになるのであるが、原判決にはこの点について審理不尽による理由不備がある。

第三、以上の如く、会社が村谷を嘱託とすることなく最終的には退職させたことは、その合理的理由が見当らない一方、同人の組合加入を危惧し、これを妨害するためにとられた措置であることは歴然としており、このことが不当労働行為に該当することはいうまでもない。これに反し同人を離職させた決定的な理由はアナウンサーとしての不適格性にあるとし、労働組合法第七条第一号及び同第三号の不当労働行為に当らないと判断した原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

上告人委員会は、以上の理由で原判決は取り消されるべきものであると思料する。

以上

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